Million Notes

刀ミュ・歌・演劇の話をしまっておくところ

ここが熱いよ『歌合』! ~民俗学・古典文学・芸能の視点から~

こちらは感想本編に収まりきらなかった、歌合ここがたまらん!!!!!!!の煮凝りです。

ツイッター「●●って何か意味あるのかな?」で挙がってたもの、大体今回のテーマと繋がる心当たりがあるのがやばいなこのカンパニー……をどうしてもがっつり喋りたくて、独立記事になっちゃいました。
トピックは、

 

 

の5点です。
もっと自力で掘りたい!って方との情報共有にもなるように引用元の文章逐一出してますが、ぶっちゃけ全部読むと疲れると思います!!笑
結論はそれぞれの冒頭に手短に書いて、残りは赤文字拾い読みだけで大丈夫なようにしてありますので、既にご存知の部分とかサクサク読みとばせば5~10分くらいで読めるかなと。
 
そして大事なことなので大文字にしますが

私も「これが正解だ!!」とは思ってないです!!

演劇は観る人の写し鏡、100人いたら100通りの受け取り方があるのが豊かで面白いところ。
これはあくまで私の鏡に映った解釈を書き連ねてるだけなので……。というか自分自身でも、他にも色んな見方できると思ってるので!

私の感じてる刀ミュ濃い!!おもしれー!!をちょっとでも共有して頂けたら幸いです。

今回も去年に同じく、学術的に誠実に取り上げると、途方もない量の検討が必要な話になってしまうので…。
あくまで歌合の余談としての”紹介”に絞ります。(例えば折口民俗学への諏訪先生はじめとする批判・検討等は取り上げず、用語や論理展開の厳密性にも拘っていない「こんな関連記述があります」のパッチワーク状態です。

参考文献は脚注と合わせて最後にまとめておきます。 

 

前置きおしまい!以下本論!

 

 

 

1. あの意味深な大岩なに?

【結論】

「生と死を隔てる巨岩」、特に大きな元ネタとして日本神話に登場する2種類の巨岩を兼ねた岩ではないかなと思いました。

 

めっちゃ「そこからかよ!」みたいな話ですがw
そもそも顕現をゲーム通りに再現するなら、背景は鍛刀場グラフィックでも良かった訳ですよね。式神さんがトンカンしてくれるやつ。

ところがミュ本丸の顕現の儀では、中央にデーンと構えた大岩が祭壇みたいになってました。
そして最後まで特に説明とかはない!!アレなんやねんと!!笑

 

感想本編でもちらっと書きましたが、私はこの岩を
天照大神が身を隠した「天岩戸(あまのいわと)」
イザナギが黄泉の国と現世との境を塞いだ「千引の石(ちびきのいわ)」
の2種類を兼ねた岩じゃないかなぁと考えました。

 

天岩戸

これはいっぱい言われてるのでサクッと(笑

  • 天照大神岩戸の中に隠れちゃったけど、アメノウズメという女神が俳優(わざおぎ/激しい身振り手振り)を行い、再び引っ張り出すことに成功した
  • 日本の鎮魂祭、そして芸能の始まりとされる神話でもある
  • 岩戸隠れは死の暗示、そこから再び姿を表すことは生命の復活と考えられる

日本における「鎮魂祭」「芸能」の起源神話、かつ鎮魂祭は古代豪族「物部氏」に深く関わる祭りでもあるので、刀ミュ本丸が大事にしてる話ですね。
『真剣乱舞祭2018』はこの祭事をベースにしてると思われる、という話を去年書きました。
(2018祭感想の蛇足パート「巴さんの神格がたかい」: https://privatter.net/p/4392915

2018年は鎮魂祭=生命力を振るい起す”魂奮り”要素を重点に→2019年はその祭による”復活”を重点に。モチーフ使いの流れが綺麗でびっくりするよ…。

 

冒頭の『神遊び』の歌詞で、ヒルメノカミ=天照大神に纏わる『昼目歌』を用いていることからも、桑名・松井の二振を天照に見立てて、「岩の向こうの世界」から呼び込むことの暗示なんじゃないかなというのがまず一つ。

ちなみに岩隠れ=死・あの世・常世の暗示というのは、別に後世の学者が勝手に展開した話ではなく(笑
例えば万葉集の中でも、天皇崩御を示す語として
「神さぶと 磐隠ります 我が大君の…」(巻2 199/柿本人麻呂
(神様のように岩隠れなさった天皇陛下は…)
「高照らす 日の御子は(中略) 天の原 岩戸を開き 神上り 上りいましぬ」(巻2 167/柿本人麻呂
天皇陛下は、岩戸を開いて神々の世界に上られた)
のような形で使われています。

 

 

千引の石

もう一つが、カグヅチ神話に関係するこの岩。

これもざっくり概要を書くと

  • 万物を生んだ母神・イザナミは、カグヅチを生んだ時の火傷が元で死んでしまった
  • 悲しんだ父神・イザナギ黄泉の国に迎えに行ったが、そこで見たイザナミは変わり果てた腐乱死体だった
  • 「なぜ見ないという約束を破り私を辱めたのか」と怒るイザナミに追われたイザナギは、あの世とこの世の境目の黄泉平坂まで逃げ帰り、「千引の岩」という巨岩で道を塞いだ

道返大神(ちがえしのおおかみ)・黄泉戸大神(よみどのおおかみ)とも呼ばれる、死穢封じの大岩ですね。
村境や国境に石の神をまつって悪しきモノを防ぐ道祖神塞の神信仰とも関係するので、お地蔵さん…お百度…とかもリンクしますが割愛!!きりがねえ!!

 


あくまで私見ですが、劇中でこの神話に当たるパートが『黒き影、寇す』だとみるとしっくりくるなあ、と考えてます。モチーフ・男士・楽曲の関係性でいえば
 天岩戸の見立て/桑名・松井/『神遊び』

          ⇕

 千引の石の見立て/時間遡行軍/『黒き影、寇す』

で、表と裏の関係にあるような。
このパートは台詞や歌詞もなく、いろんな見方があると思うので、あくまで私の解釈ですが…

 

①まず最初に単身で登場するのが薙刀でした。
女性性の付与されやすい武器、遡行軍のビジュアルもほっそりとした体つきに長い黒髪ですね。この暗闇で地面を這い悶える薙刀からは、イザナミを連想しました。

 ↓

薙刀がサブステで剣舞を行うと、遡行軍が湧き上がってきます。
2018年の巴さんの剣舞で、犬猫カタツムリや歴史上の人物の魂を振るい起した演出とも重なってゾクゾクきました…。

 ↓

③そして八振揃った遡行軍は、雷鳴のようなゴロゴロゴロ…カカッ!って大太鼓に合わせて踊りだします。
黄泉の国の住人となったイザナミの各所には、八柱の雷神(大雷・火雷・黒雷・拆雷・土雷・鳴雷・伏雷(異説あり))がまとわりついていたといいます。

於頭者大雷居、於胸者火雷居、於腹者黒雷居、於陰者拆雷居、於左手者若雷居、於右手者土雷居、於左足者鳴雷居、於右足者伏雷居、并八雷神成居。(『古事記*1

 ↓

④センター通路をメインステージに向けて駆けのぼる八振の遡行軍。
神話では、イザナミに遣わされた八人のヨモツシコメ、または八柱の雷神イザナギに追いすがります。

伊弉冉尊恨曰「何不用要言、令吾恥辱。」乃遣泉津醜女八人。(『日本書紀*2

伊弉冉尊、脹満太高。上有八色雷公伊弉諾尊、驚而走還。是時、雷等皆起追來。(『日本書紀*3

  ↓
⑤ステージに上がるとさらに遡行軍が集まり、この岩を打ち壊そうとします。古事記では、八柱の雷神に千五百の黄泉の兵が加わってイザナギを追ったとあります。

於其八雷神、副千五百之黄泉軍令追。(『古事記*4

いつぞや「あの場に遡行軍入ってきてるって、普通に本丸侵入されてるじゃん!?」って指摘を見て「確かにー!!」って笑ってしまったんですが(笑
あれは概念というか、『裏』の世界だったと思うんですよね。「遡行軍が刀の所まで入ってきてる」に違和感覚えなかった方も多いと思うんですが、なんとなく別世界的な演出を感じ取ってたんじゃなかろうかと。
名も無き魂たちが、彼岸と此岸の入り乱れる場を借りて”こちら側”に来ようとしているように見えました。

 ↓

⑥しかし石の結界を破ることはできず、光の帯に散らされる。この時の女の叫び声に似た音も合わせて、「イザナミ」の印象が強く残ったんだと思います。またカメラワークの中で刀身がアップになるのは、黄泉の者を振り払う呪術に剣が使われたことを連想するなとも。

爾抜所御佩之十拳劔而、於後手布伎都都此四字以音逃來。※後手で剣を振るのは、相手を呪う行為。

(『古事記*5

 

以上が、『黒き影、寇す』と黄泉下りの神話をリンクさせてみた流れでした。

 


ちなみにサブステを黄泉と見立てると、ひとつやばいお話がありますね。
本丸のどことも指定されてない謎の暗闇で演じられた『にっかり青江篝火講談』
あそこでお出ましになった
「単純で、幼く、愚かな欲望を抱えた、魂のままの炎」が、
「この世にしがみつき、念が深くどす黒く凝って、”こうでありたかった”輪郭をはっきりさせた」姿が黒き影=遡行軍だとすると、
講談パートの「黒い影(宗右衛門)が立っていた」と描写が重なるという…これもどこまで狙ってたの案件…。

っていうかこれで行くと、遡行軍未満の魂=人魂を張扇でビシバシ調教&歌で物語与えてお帰り頂いてしまった(仮)ミュっかりさん、なんと刀身すら抜かずに語りと歌で除霊できることになってしまい(笑
主にパフォーマンス見せる10分でサクッと除霊してしまうの、『歌劇本丸の霊刀』としてプロ極まってるにも程がある!!って燃えるので、個人的に推してる解釈です。


少し話がそれましたが閑話休題!!

 

【まとめ】

あの岩は「生者と死者の世界を隔てる結界の岩」であり、そこを越えて来てくれたのが江の二振、越えられなかったのが遡行軍だと思います、という話の補強でした。

 

 

 

 2.「マレビト」って結局なに?歌合と関係あるの?

【結論】

民俗学者折口信夫先生が提唱した「異界から時を定めて訪れる、神であり人である存在」
平安時代の「歌合」には直接の関係はないです。が、「祭り」には深く関わる概念であり、その流れで次の項で書く「刀ミュ流歌合」にも重要な存在になっていくと思われます

 

マレビト、祭り、歌

これも割ともう皆さんご存知の話だと思うので、マレビト→歌の繋がりの文章をリレー形式に並べてさくさく行きます(笑

マレビトの定義は、万葉学者・上野先生が、折口信夫先生との”架空問答”を創作して整理して下さっているのが分かりやすいです。(※実際の対談ではありません)

 

上野 挨拶抜きで行きましょう。端的にうかがいます。あなたの学説の中心となるマレビトとはいったい何ですか。
折口 稀に来る人だから、客と考えれば、まあ大過ないというところかな。
上野 では、それは人ということになりますね。
折口 人であるともいえる。
上野 じゃあ、神ですか。
折口 そういう問いの立て方を、私は好まない。神は人であり、人は神にもなる(一〇四頁)。

(中略)

上野 としたら、マレビトは、分析概念や説明装置のようなものと考えてよいのですね。
折口 そうだ。遠くからやって来る神なら、古代にもいれば、現代の祭りにもいる。そのマレビトと人の関係を考察することによって、文学をはじめとする諸芸術の発生を、私は統一的に説明したいのだよ。


上野誠折口信夫 魂の古代学』*6

 

マレビトとは、人なりや、神なりや。
マレビトとは、神であり、人である賓客のこと。

折口先生ご本人の著述だと、こう定義されています。

 

 まれという語の遡れる限りの古い意義において、最少の度数の出現または訪問を示すものであったことは言われる。
 ひとという語も、人間の意味に固定する前は、神および継承者の義があったらしい。その側からみれば、まれひと来訪する神ということになる。ひとについて今一段推測しやすい考えは、人にして神なるものを表すことがあったとするのである。人の扮した神なるがゆえにひとと称したとするのである。


折口信夫「国文学の発生(第三稿)」 *7 

 

ミュ男士だ!!!!!!!

はおいといて(笑)今回の新男士を、どうやらあの本丸では”まれびと”ととらえているらしい。
そしてこの「マレビト」が「祭り」に対して果たす役割についての、安藤礼二先生の総括がまた、今回の『歌合』のコンセプトにガチッとハマるんですよ!

 

 祝祭の中で、人は神となる。
 まとめてしまえばただ一言、そうした事態を分析し解明することだけが、折口信夫の学問全体を貫く主題であった。
 マレビトという、折口信夫が創り上げた概念もまた、一年に一度、祝祭をもたらすために共同体を訪れる、神であるとともに人でもあるような存在を指す。一年で最も厳しい季節を迎え、世界がやせ衰え「死」に直面したとき、神であり人でもあるマレビトが訪れ、時間も空間も生まれ変わり、世界は豊穣な「生」を取り戻す。
 (中略)
 マレビトは、自然の生命がもつサイクルと人間の生活がもつサイクルを一つにむすび合わせ、死を生に転換する役割を果たしていた
 マレビトは、人々に「死」の恐怖と「生」の祝福をもたらす。
 だからこそ、マレビトは中間的で両義的な存在、善と悪、もしくは構築と破壊を兼ね備えた、霊的であるとともに異形のものでなければならなかった。精霊にして「鬼」でもあるような……。

 (中略)

 神の言葉、神の動作を「真似」し、反復を重ねることから芸能が生まれる

 ゆっくりと旋回しながら「舞う」女たち、そこから垂直に飛び上がり大地を「踏む」男たち。水平と垂直の運動が交わるところに舞踏が生まれ、音楽が生まれる。「自己」という固有性は消滅し、「神」という普遍性が出現する。だからこそ、「神」となって舞踏するために人は仮面を被るのだ。仮面は「自己」という固有性をあとかたもなく消滅させてくれる。仮面を付けた瞬間、人は神になり、神は人になる
 そして神の言葉と、神の動作を「真似」し──折口信夫は「芸能」という言葉の原義(能=態)に「ものまね」を見出していた──徹底的に反復する。
 過剰な反復によって、祝祭の場では、オリジナル(「翁」)とコピー(「もどき」)、本物と贋物、悲劇と喜劇の区別が消滅してしまう。
 

安藤礼二折口信夫*8

 

にせもまことも、ゆめもうつつもなんとやら。

マレビトにもたらされた祭りと芸能の中で、仮面をつけたヒトによる”神の真似”が”本物”との境界をなくし、神がかりの状態になっていく。
そうしたトランス状態で登場するのが誰かというと……

 

 神憑りの時々語られた神語の、種族生活に印象の深いものを語り伝えているうちに、その伝誦の職が、巫覡の間に分化して来た。そうして世襲職として、奉仕にはようやく遠ざかり、詞句の暗誦と曲節の熟練との上に、それが深くなって行ったものと思われる。
(中略)
 神語すなち託宣は、人語をもってせられる場合もあるが、任意の信託を待たずに、答えを要望する場合に、神の意志は多く、譬喩あるいは象徴風に現れる。そこで「神語」を聞き知る審神者──さにわ──という者が出来るのである。
(中略)
 神の意思表現に用いられた簡単な「神語」の様式が、神に対しての設問にも、利用せられるようになったかと思われる。
 私は「片哥(かたうた)という形が、これから進んだものと考える。旋頭歌(せどうか)の不具なるものゆえと思われている名の片哥は、古くは必ず、問答態を採る。「神武天皇・大久米命の問答」・「酒折宮の唱和」などを見ると、旋頭歌発生の意義は知れる。片哥で問い、片哥で答える神事の言語が、一対で完成するものとの意識を深めて、一つ様式となったのである。


折口信夫『国文学の発生(第一稿)』 *9

 

神の言葉を読み解く審神者ですね。

ちなみに『かみおろし』の鶴さんは「あるじ、行くぜ!」と声を掛けますが、

 主人をあるじと言うのは原義ではない。あるじする人なるがゆえに言うのである。
 あるじとは、饗応のことである。まれびとを迎えて、あるじするから転じて、主客を表す名詞の生じたのもおもしろい。

折口信夫「国文学の発生(第三稿)」 *10 

 食事にこそ関わりませんが、我々も今回ある意味歌を以てまれびとを迎える役割を請け負いました。ワオ。

 

まあ直行で繋げるのはちょっと乱暴なんですが、まれびと→神→(問答)歌→審神者、それぞれ関連性のある概念ですよと。
ややこしくなってきたので、今回の乱舞狂乱フィルターに通してまとめてみましょうか。

 

【まとめ】

①厳しい冬に世界の生命力が衰えると、マレビトが訪れて祝祭をもたらし、生と死が転換するよ
祭りの場舞踊を行い、仮面をつけて、人と神が近づいていくよ
③神がかり状態での神の言葉(≒の原始的なすがた)を読み解く力を持つのが審神者だよ。

 

なんかもう……ガチのやつじゃんね!!!!!!!!!
(訳:制作陣の方々が、作劇にあたって『神・人・祭り』『歌・踊り・芸能』に纏わる民俗学研究の基礎路線をしっかりと捉えていることが推測され、まこと感服の至りです)

次の項は、その「まれびと」と「歌合」に橋をかける話です。

 

これは余談。

第一項で書いた遡行軍来襲についても、折口まれびと論から見ると

而も家を訪づれるまれびとでも、その家の位置が高いと座敷に上がらないで座で饗宴を受けて帰るものがあつたやうに、それとは違うが客として待遇されぬ訪問者があります。私はこれを招かれざる客といふ名をつけてゐますが、まつりをすると羨ましがつて見に来るものがあつて為方(しかた)ないのです。つまり特定の神だけが招かれるので、他の下座の神が羨ましがつて、まつりの饗宴を覗きに来ます。

折口信夫『日本芸能史六講』*11) 

という部分に当てはめることができるかと思います。

招かれざる客の来訪もまた「祭り」の一側面なんですねえ。 

 

 

 

3.「歌合」って言ってるけど、だいぶルール違わない?

【結論】

平安時代公的行事としての歌合に、民俗学でその起源として語られる原始的歌合をミックスしたやつだと考えるとしっくりきます。
 
これまた一度、そこから!?みたいなとこに戻る疑問なんですがw

要するに「あの本丸、ちゃんと『歌合』してなくね?」問題。

今回の催しにおいて行事としての伝統的”歌合”を意識していることは、キャストさん達や取材記事が「判者」「講師」「方人」等の用語を使っていることからも伺い知れます。*12
一方で、ところどころ本来のルールから元気よく逸脱してるんですよね(笑
(本来の、と言っても平安時代だけで400回以上行われ形態にも変化のある行事なので、後世の歌合の模範となったといわれる「天徳内裏歌合」を概ねの基準とします。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A9%E5%BE%B3%E5%86%85%E8%A3%8F%E6%AD%8C%E5%90%88

 

例を挙げれば

①元:方人の人数を揃える
→ミュ:判者1、左方9、右方8で人数が偏ってる

②元:歌合はそもそも1組ごとに歌の優劣を批評し、勝敗をつける行事である
→ミュ:特に比べないし勝敗もつけない、代わりに篝火を灯して終わる。

③元:左方vs右方の1組ごとに「春」「ほととぎす」「忍ぶ恋」等、共通した題の歌で対決することが多い
→ミュ:テーマも揃ってないし、なんなら本当はってなるべき披講順もって乱れてる。


①②だけならただ単に縛りが緩いということも考えられますが、③は明らかに意図的にやってるだろうなと。私はこれ、刀ミュ得意の「リスペクトするが、敢えて全てはなぞらない」ことで多義性を持たせ、時代や属性に橋をかけるパターンではないかなと受け止めました。

典型的なのだと『曽我物語』が『SOGA』として経過や結末を大胆に脚色され、男士としての源氏兄弟のレイヤーを重ねるように作られていたりとか。
真剣乱舞祭2018が宮中行事の『鎮魂祭(ちんこんさい/みたまふりのみまつり)』に取材していたと思われる一方で、ミュ本丸の行事としてはあくまで祇園祭からYOSAKOIソーランまでを一堂に会させる『祭対決』だったのとも似た要領ですね。

去年の感想文の文章を引用しますが

ただし、行事である”鎮魂祭(みたまふりのみまつり)そのもの”を行うわけでないことは作り手の方達もすごく意識してると思います。
ここまで挙げてきた要素で感じ取っていただけるかと思うんですが、祭祀としての『鎮魂祭』は、現代の私たちにとっての「鎮魂」「祭」とはかなり分離してしまってるので。

 

むしろらぶフェス2018の提示する『祭とは』には、そういう分離に一時的に橋をかけて、民間のもの、新たに作られたもの、この国が尊び愛してきたすべての『祭』を肯定する意識を感じました。
平安から続く祇園祭⇔平成に生まれたYOSAKOIソーランを同じ『祭』として扱うのも、
巴さんの「あらゆる理屈を飲み込んでしまうほど、この国の祭りは懐が深い」もそう。

彼岸と此岸、死者と生者、古代と現代、西と東、物と人、聖と俗、名を遺したものと名も無きもの。
全ての理屈を呑み込んでしまう狭間の時で、あちらとこちらが祈り合い、通い合う。それがらぶフェスにおける『祭』なんだな的な…。

(2018年乱舞祭感想: https://privatter.net/p/4392915 )

 
今回の『歌合』もまた、広く「歌」的なるものを「合」わせる、ある種のオマージュ行事として行われてたんじゃないかと。
じゃあこの作品における「歌」「合」は何なのか。

 

「歌」の橋

これ、開幕と同時に思いっきり宣言してくれるのがかっこいいですよね…。
「人々がその想いをよろずの言の葉に託したもの」

和歌だけで見れば万葉集×古今和歌集でしたが、全体的で見ると芝居パートとライブパートが交互に入って来る、古代和歌×現代ポップスの構成でもありました。

去年の自分の言葉を借りて言うなら、「古代から現代まで、この国が尊び愛してきたあらゆる『歌』」を対象とした祭事だったのかなと。

 

歌も刀剣男士も、人の心に紡がれた物語をよすがとして生まれて来る。

その縁を宣言した上で、古今東西の人の心×自分達の日々の記憶を編み込んで炎にくべ
「言の葉よ 依代となれ」
新たな男士を喚び招く依代の働きをしてくれたが今回の「歌」だったととらえています。

 

「合」の橋

【Side 平安】

上で「ちゃんと『歌合』してなくね?」と書いてしまいましたが、それはあくまで形式的な面の話。「歌争い」「歌競べ」ではなく「歌合せ」であることの美学は、ちゃんと体現されてたと思うんです。

 その場を飾り立てる衣装・調度・工芸品・薫物、楽人の奏でる音楽・舞人の舞から参加者の容姿・振舞いまでが、歌合という行事の大事な構成要素となる。王朝文化の美意識の粋を集めた、空間芸術というべきである。

 (中略)

 こうした遊宴を主眼とする歌合において、歌どうし、たしかに競い合ってはいるけれども、ただたんに優劣を測られているだけではない。それはいわば、二つの個性あふれる楽器が挑み合うようにして盛り立てる、アンサンブルのようなものである。そのアンサンブルを中心として、装束や調度などの美が交響し合う。その交響はまた、帝王と臣下たちが親しみ合い睦び合う、「王朝」の理想像を象徴することにもなるだろう。

(渡部泰明『和歌とは何か』p.161,164,165)

鎬を削る文学批評の場であると同時に、美意識の結集した歌・衣装・舞による空間芸術、そして歌を通じて主と臣が心を合わせる行事が歌合である──って書くと、まさに我々が新衣装やダンスに盛り上がったあの空間も、現代の『歌合』だったんだなぁと思った次第です。

天徳内裏歌合後の貴族の皆さんはオールでアフターしてた旨、wikiにも書かれてますね(笑

 

ちなみにこれ私も調べててヒョワ…ってなったんですが、

f:id:taka_koro:20200802023811j:plain
(参照:文化十四年『重色目』 https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2539025 )

『歌合』史料に装束の記録として残る「桜襲」「柳襲」はこんな配色。(諸説あるがの!!)

表を白で揃えて裏が赤と青、どちらも冬から春の訪れを表す色目なのだそうです。当時の絹は薄いので、裏地の色がすこし透けるのだとか。雅ですね。

そして言うまでもなく…

浄衣衣装の表地・裏地のデザイン!!

一見神事用の白装束+赤青かと見えたこの衣装、しっかり歌合ゆかりの装束でもあったのか!ってびっくりしました。

 

もしかしたら2020年の私たちと960年の平安貴族が、同じような色の装束を愛でつつ「歌合」を楽しんでたのかもしれないと思うと、凄いロマンですね。

昔の「青」は現在で言う緑・青・藍・黒まで指す広い言葉、柳の場合は緑と見て良いかと思いますが、そこはちょっと多目に見て頂くとして(笑)

 

 

【Side 上古】

そしてもうひとつ。折口先生の説く、原始的な歌の唱応としての歌合を含ませると、これまたぴったりくるんですよね。

 

これはちょっと引用元の文章が複雑な上、ここだけ読んでも意味を取りづらいと思うのでさらっと読み流して頂きたいんですが…

 また、歌垣ということがある。片歌の問答が発達したのは、神に仮装した男と、神に仕える処女、すなわち、その時だけ処女として神に接する女とが、神の場(にわ)で式を行う。*13すなわち、両方に分かれて、かけ合ひを始める。神と人間との問答が、神の意義を失って、春の祭りに、五穀を孕ませるための祭りをする。それは、神と村の処女が結婚すれば、田畑の作物がよく実のると思ったからである。
 (中略)
 一方において、このかけ合ひの問答が、日本文学における変わった形を生み出した。多くの人が寄って、両方から歌をかけ合せる。これが貴族の間に行われると「歌合せ」になる。その系統は、歌垣が宮中へ入って、踏歌となる。

折口信夫万葉集の解題』 *14

 

 こういう国々*15のまななる威霊を献り、聖躬にふらしめる。と同時に、その国を圧服する権力が、天子に生ずるという信仰が、風俗歌の因となった。国々の鎮魂歌舞を意味するくにぶりの奏上が、同時に服従の誓約式を意味する。こうして、次第に天子の領土は拡がって行った。

 (中略)

 これ*16が、伝来不明で、後期王朝に始まったように思われやすい、和歌会の儀式にもなったのだ。歌垣と同じ形式が古く行われていたと見えて、歌の唱和があった。これが歌合せを分化していった。歌の本末を、国々から出た采女の類の女官──巫女──と同国出の舎人とがかけ合いをするようになって来たものと見るが正しいと思う。

 (中略)

 和歌会は、ほとんど神事であった。

折口信夫万葉集研究」*17

 

要約すると

・男女による歌のかけ合いの「歌垣」が「歌合せ」の原始的な形

・政権周辺地域の国々の人が「歌」を奉ることで、”大和”に服属していく

というのが和歌会のもとであった、との説明ですね。(繰り返しますが、この説の実証的妥当性自体は問いません!笑)

 

今回の『歌合』もまた、まれびと=外からの来訪神招きだと明言されています。

「四苦八苦に満ちた世界になぜ呼んだ」
「ともに戦うためだ、力を貸してくれ」

という問答も歌で行われました。

そして仲間となることを受け入れ顕現が成った後は

『歌うたう 桜さく 音踊る あなたとうたあわせ』

本丸の皆と、声を合わせて歌を共有しますね。

歌合の原型として民俗学的に想定された、「歌の力で振るい起こした外来魂*18共同体に受け入れるための、ほとんど神事のごとき和歌会」と表現すると、これもまた今回の『歌合』そのまんまですね。

 

【まとめ】

(古今:平安歌合)

王朝貴族が両チームの歌のアンサンブルを楽しみながら、絢爛な衣装や合奏・舞いで心を合わせてゆく空間芸術的行事

  ×

(万葉:上代歌合)

来訪者(マレビト)を招き入れ、歌を唱和することで共同体としての一体性を築く神事

 

という時代感や意味合いの混ざった『歌合』であり、王朝歌合のみの規範にはこだわらなかった・むしろ一部敢えて縛りを外す部分を作った、と思うとしっくりくるなぁ、という話でした!

 

 

 

4.六首の歌には何か規則性とかあるの?赤・青の組分けの基準は?

【結論】

歌も組分けも、意図的にミックスしたように見えます。
適当に並べたわけではなく、わざと綺麗に並ばないように組んだという作為が見える部分がある。その秩序を乱したことが『乱舞狂乱』のコンセプトとつながってくるんじゃないかと思っています。

 

歌の規則性の乱れ

おこがましくも和歌好き審神者を名乗ってたためか(笑)、歌合前後でフォロワーさんから一番ご質問頂いた部分でした。「あの和歌の並びには意味があるか?」のお話。

先に言うと、個々の歌として見たとき「この歌はこの理由で選ばれたんじゃないかな?」と見当をつけられる歌は三首あります。

●石「あめつちの~」

→あなたに会いたいと天地の神々に祈っております、必ず会えるはず、という歌合の儀式全体に通じる言霊を帯びた歌。また刀ミュ的にも、去年の巴さんが歌った『あめつちはじめて』、古事記冒頭『あめつちのわかれしときゆ~』とリンクして、古代性・儀式性を醸すこともできる。凄いマッチング!

●明「うめのはな~」

『令和』の由来になった、大宰府・梅花宴の中で詠まれた一首。新元号記念出場だ!!って思いました(笑) また”梅の花を手折ってかざしにする”というモチーフは、古今和歌集仮名序の中でも春の象徴として挙げられています。

●狐「ふたつなき~」

古今集編纂者にして仮名序の筆者、紀貫之の作。「上古の誰とも知らない人物による『あめつちの~』にはじまり、勅撰和歌集を編んだ名高い歌人紀貫之による『ふたつなき~』に終わる」構成が美しい。水月=実体のない幻影を心と結びつけるストーリーには、先進性・哲学性を感じます。これに”曇りなき満月=小狐丸”×2を合わせた采配が凄いよ!!

残り三首については、明確なことが言いづらいです。例えば古今和歌集仮名序には、「和歌には六種類ある」と説き起こす形で、そへ歌・かぞへ歌・なずらへ歌・たとへ歌・ただこと歌・いはひ歌という分類が紹介されてるんですが、これに当てはめようとしても相当こじつけないと収まらないんですよね…。

個々の歌についてもそれぞれ妄想はあるんですが、それはまたの機会に!この項では、全体の流れに着目します。

 

さて今回の『歌合』で対になる赤青六首の和歌、季節から題材から、まー見事に並べ方がバラバラなんですよね。

<部立/季節/題材等>

【万葉】相聞/?/祈 ⇔ 【古今】 雑歌/?/夢
【古今】恋歌/夏/火、虫  ⇔  【万葉】雑歌(宴席歌)/春/梅
【万葉】雑歌(物)/晩秋/露 ⇔ 【古今】 雑歌(景観)/?/月

まずご覧の通り、ちょっと部立が不思議です。雑歌が四首を占め、古今集全体の筆頭を担う四季巻から採られた歌は一首もないですね。(部立:歌集の中に立てられている歌のジャンル分類のこと)

 

描かれる季節も、夏から春に戻ったかと思えば秋に跳び、冬が無い。短編の中でも同様、青江は夏虫の和歌と秋の約束を同時に語るし、兼さんに至っては晩秋の露霜の和歌詠みながら浴衣で夕涼みするという!湯冷めするわ!!笑

また、ほぼ同ジャンルであるはずの相聞⇔恋歌はペアリングされずに別の組に振り分けられてます。

これはもう、強引に対比や流れを見出すより「わざと無秩序になるように並べた」と考える方が自然だと思った訳です。 

 

言うまでも無いことですが、和歌において四季はめちゃくちゃ大事です。*19*20
そして過去作品ご覧になってる方はご承知の通り、これまでのミュ本丸も、四季の巡りをとても大切にしてきました。

まず本公演の場面やパンフ等のデザインが枕草子の「春はあけぼの~」の美意識を下敷きにしているって話は、みほとせ公演の頃から言われていましたね。
あつかし→春はあけぼの、紫だちたる雲の細くたなびきたる(義経辞世の句「染む紫の 雲の上まで」)
 天狼傳 →夏は夜、雨などふるもをかし(夜のシーンの多さ、近藤の刑場に降る涙雨)
みほとせ→秋は夕暮れ、雁などの連ねたるがいと小さく見ゆるはいとをかし(夕暮れ時、雁の群れを見て親を恋しがる竹千代)
つはもの→冬はつとめて、雪のふりたるは言ふべきにもあらず、白き灰がちになりてわろし(朝と”立つ雁”による疑似的な冬の終わり+きずあと、つめあと、やけあと、ゆめのあと)

 

各公演の歌にも、四季のひとめぐり×反復の表現が「長い時」を表す演出として度々出てきます。

風は季節を巡らせる 春を目覚めせ 夏を呼び 秋に染まり 冬を連れて来る
三百年の子守唄より『かざぐるま』

桜ちらちら 雨ぱらぱら 風そよそよ 雪どーんどーん

源氏双騎SOGAより『あやなす音』

 

むすはじではちょっと変則的に、冬の前に根元を刈られる=次の春を迎えることのできない、「長い時の終わり」を表す演出として使われてました。ロマンチックな言い方をすれば、寿ぎを反転させて、呪いとして使う力さえあるわけだ。

冬の前に根元刈られ 伸ばしてきた枝で 枯れてゆく葉

季節は移る 葉は紅く染まり 地は朱く染まる

結びの響き、始まりの音より『倒れる終焉』

 

そして『歌合』の冒頭でも、きっちり四季の巡り→次の春は押さえてくれてました。

 花の香に昔をなつかしみ
 鳥のさえずりに耳をすまし
 風に散る草葉の露にたもとを濡らし
 月傾く雪の朝に春を思う

なんで鳥が夏?に関しては、

仮名序「梅をかざすよりはじめて、ほととぎすを聞き、紅葉を折り、雪を見るに至るまで」

道元禅師「春は花 夏ほととぎす 秋は月 冬雪さえて 冷(すず)しかりけり」

 夏の風物といえばほととぎすの声、って訳ですね。

 

長々喋りましたが要するに、これらを出来る刀ミュが「和歌を春夏秋冬+αでいい感じに並べる」程度の芸当できない訳なかろうよと!こりゃもうわざとやってんだろと!!笑

 

その目的が「秩序を狂わせ、乱舞する」ことだと思ったわけです。

冒頭の注意事項で堀川君が言ってくれてますね、「全力で乱舞狂乱することです!」*21

 

作中で言うならば『神遊び』の歌詞、

筆を持て 「脅かされる秩序」
歌を綴れ 超えてはならぬ一線
篝火揺れて 神々の影踊る
...

歌い 競い 「乱れ舞う」 宴

の部分。ここで思い出したのは、真剣乱舞祭2018、東西祭り対決のクライマックスで同じく「乱舞」という言葉が出るパートです。

東も西も 入り乱れ
日ノ本集い 「舞い乱れ」
誰彼構わず 咲き乱れ

東と西に分かれていた男士たちが各々の掛け声を乱れ飛ばし、興奮の頂点で同じ歌詞を唱和する。こういう”彼岸と此岸の秩序が乱れる混沌乱舞の場”を利用して、新男士をこちら側に呼び込みたいわけですよね。

 

和歌において四季はとても大切、言い換えれば非常に強い「秩序」です。

提示するのは最初の花鳥風月で十分。実際の歌は敢えて「その枠に縛られない」形で選ばれたのではないのかなと。

 

例えばですけど、王朝歌合のように四季・題材・順番をキッチリ整えて、万葉vs古今のコンセプトで八話分ぶつけあったとしましょうか。

春(花):万葉の梅 vs 古今の桜

夏(鳥):万葉の千鳥 vs 古今のほととぎす

秋(風):万葉の萩の露 vs 古今の散紅葉

冬(月):万葉の霜と月 vs 古今の雪と月

…どうでしょう。美しいんですけど、交わる気がしなくないですか!?笑

それに今回の六首に比べて、すごく描くものを限定されてしまう感じがしますよね。

 

和歌は、神への祈りも、世とはなんぞやという問いも、思いに身を焦がす恋心も、美しい景色も詠むことができる名も無き人も著名な歌人も、その想いが歌集に編まれて、1000年の時を超えて現代に伝わっている。

その豊かさを味わえるという意味でも、あえて「ルールを設けない」というルールのもと、幅広い選歌をしたのではないかなと思いました。

 

茅野先生もパンフレットで、「これが劇作家デビューになる方から、 演劇界でもすでに名の知られた方まで」「いろんな作家さんのそれぞれの感性で、さまざまなミュージカル『刀剣乱舞』の世界を描いてもらう。それが我々の創りあげる歌合です。”芝居合”と言えるかもしれません」「固定概念に縛られないでおこうと思っているんです」「刀剣男士という存在は、本当に多彩で個性豊かなんです」と語ってらっしゃいましたしね。

 

余談ですが、万葉集古今集では「雑歌」の意味…というか位置付けが異なります。

古今集の雑歌は、大体現代人が思う通り、四季・慶賀・恋・旅などの部立に収まらない”その他もろもろ”の歌として、各種部立の後に置かれています。

一方で万葉集では「雑歌・相聞・挽歌」が三大部立と呼ばれ、中でも雑歌は”宴席・祭祀・天皇行幸などの、公的な場で作られた重要な歌”として第一巻に収められています。他の巻にも複数雑歌項はあり、その中にはまさに今回の「ぬばたまの~」のように”相聞・挽歌以外のその他”的な性質を持つものもあるので、一概にこういう意味だ・こういう性質だ!と言い切りがたいところもあるんですが。(説対立…。)

さておき、さまざまな・もろもろの・(万葉:色とりどりの、華やかな)という意味を含ませると、「雑」の歌が中心に選ばれているのも、今回の歌合に合っている気がしました! 

 

 

 

組分けの乱れ

という訳で、こちらも基本的に言いたいことはほぼ同様です。

最初にメタな話をしてしまうと、今回は欠席メンバーが多い&尺が短いために、去年のような理由付けを伴う組分けが難しかったというのもあると思うんですが(笑

ある種それを逆手に取るような形で、「わざとミックスする、入り乱れさせる」をコンセプトにチームを組んだんじゃないか、という推測ですね。ちょっと下の表で確認して頂きたいんですが…

f:id:taka_koro:20200805023140j:plain

ご覧の通り、全員同じ陣営に揃っている公演がひとつもないんですよ。

今までセット扱いだった新撰組・三条のようなくくりも一緒にならないようにバラされてます。

 

中でも着目したのは赤線部です。

万葉方の講師・今剣(三条) vs 古今方の講師・堀川(新撰組

ときたら、歌集的にも刀的にも「ああ、古いもの vs 新しいもの」というコンセプトの対決なのかな、という連想をします。よくよく見れば読み手以外の方人は、古刀が万葉方新刀以降が古今方という傾向もある(巴さんは、巴御前的にも活躍した時代的にも古刀サイドということでしょうか)。新刀の祖・国広である堀川くんが講師を務めるのが熱いです。

ところが三番手では、万葉方を兼さん古今方を小狐丸が受け持ってるんですよね!!

あ、逆だ!!!!と。

 

今までの刀ミュセオリーでいけば、小狐丸がいにしえの歌・兼さんが時代の最先端の歌の大将を担っただろうところを、敢えて乱している。

この発想、乱舞祭2018エピローグで兄者が話してたことにも通じると思うんです。

髭「西軍も楽しそうだったから、次は西軍にしようかなぁ」

膝「そういうものなのだろうか…?」

髭「いいんじゃないかな。だって僕たち、生まれは西だし。

  新撰組だって、京のみやこで活躍したんだから、西軍だっていいよね」

膝「言われてみれば……確かにそうだ」

髭「どちらかに分けることなんてないんだよ。きっと」

ラストシーンの男士達は、赤と青の男士達が交互に並んで「「あなめでたや!」」って新たな男士を迎えます。

便宜上分けることは出来るけれど 、根本的な部分で「自分はこちらだ」と決めてしまう必要はない。何者にでもなりうる者同士、垣根を越えて入り乱れ、交わることもできるんだよ、という仕掛けのように感じました。

 

 

でね。この法則、今年のライブパートにも感じたんですよ。

2018乱舞祭までのライブは、チームごとにいわゆる”持ち曲”を歌う→シャッフルユニットで歌う→最終的に皆で歌う、という形式でしたよね。

それを今年は、1曲目の『mistake』から混合で持ってきた。さらに言えばこの『mistake』、あつかし・天狼・みほとせ・つはもの・むすはじ・葵咲本紀、全公演の登場メンバーが含まれてるという百花繚乱、まさしく”乱舞狂乱”!笑

また他公演のメンバーが入る代わり、『約束の空』から蜻蛉さんが抜けたり、『響きあって』から石切丸が抜けたりと、”居るべき男士がおらず、居ないはずの男士がいる”秩序の乱れも起こってます。

ああ、今年は最初からがっつり狭間の時なんだな、と。

あまり書き連ねてもくどくなってしまうので小文字にしますが、衣装も同様ですね。

今→あつかし 長安→天狼 石→みほとせ初演 狐→つはもの

兼堀巴陸(蜂)→むすはじ 青伽物→みほとせ再演 蜻明杵鶴篭→葵咲本紀

最古から最新まで、時系列が派手に入り乱れてます。阿津賀志曲の『mistake』『描いていた未来へ』では特に多くの公演の衣装が集まってる。

2017年乱舞祭の三条加州が、最新衣装で登場してから『mistake』では阿津賀志衣装に着替えることで\我らチーム阿津賀志ぞ!!/感を見せてくれたのと、ちょうど逆の発想という感じ。服装がばらばらになることで『どこでもなく、どこでもある時間』を演出できる。

 

感想文の『Nameless Fighter』項でも”個人の歌から本丸の歌へ”という話を少ししましたが。

このシャッフルユニット、楽曲を『チーム〇〇の歌』から『本丸=共同体みんなの歌』にしてくれる働きもあったと思うんですよ。

これはいち刀ミュファンとしての所感なんですが(笑)、2018年乱舞祭前後くらいまでって、キャストさん同士もかなりチーム感や対抗意識があった印象なんですよね。

「チームが増えると、チーム意識が強くなる*22

「(キャラが被ってる男士に対して)彼はなんでもできて手ごわいから(笑)*23

「集まると色の違いを強烈に感じる*24

「2017乱舞祭、稽古最初のバチバチに意識しあった感!笑*25

こういうチーム対抗の切磋琢磨、あのチームはこれが上手い、かっこいい、俺たちも負けてられないぞ!って気概も、乱舞祭を魅力的に彩ってくれてました。

ただ、合同行事も4回目になって、キャストさん同士もチーム跨いで打ち解けてきた。バックステージでは蜻蛉さんと小狐丸が肩組んではしゃいでたり、物吉くん&村正&蜻蛉さんが断然君に恋してる!やってたりする(笑

「もうそろそろ次のステップ、”刀ミュファミリー”の枠で楽曲を見せる段階に行ってもいいんじゃない?」という頃になったんじゃないかなと、勝手に思ったわけです!

 

これって、奇しくも斎藤茂吉先生が万葉集論で、短歌の始まった時代の「歌い手を限定しない『集団の歌』*26」に巻き戻っていくところがある気がしたんですよね。

例えば以前ツイッターで話題になってた「古代の夢小説」的な歌の解説でも

稲舂けば 皹る我が手を 今宵もか 殿の稚子が 取りて嘆かむ 東歌[巻14 3459]

一首の意は、稲を舂いてこんなに皹の切れた私の手をば、今夜も殿の若君が取られて、可哀そうだとおっしゃることでしょう、御一しょになるときにお恥しい心持ちもするという余情がこもっている。内容が斯く稍戯曲的であるから、いろいろ敷衍して解釈しがちであるが、これも農民の間に行われた労働歌の一首で、農婦等がこぞってうたうのに適したものである。それだから「殿の若子」も、この「我が手」の主人も、誰であってもかまわぬのである。
斎藤茂吉『万葉秀歌(下)』*27

と書かれています。柿本人麻呂小野小町在原業平のような”著名な歌人の歌”=個人と結びついた歌だけが和歌ではないんですね。今は誰とも知れない人々の間で歌い継がれてきたような”集団の歌”が残っているのもまた、歌集の面白いところだと万葉集好きは握りこぶしで主張したい!!!!!

こういう生活密着型の歌ほんと面白いんですよ!時々ツイートでも紹介してるんですが、せっかくなので脚注にもくっつけときますね!!*28*29*30

という訳で、最後若干個人的な燃えに脱線しましたが(笑

 

 

【まとめ】

敢えて「秩序を狂わせ、乱す」采配をする、その結果として枠に縛られない和歌の多彩さ垣根を越えて一体になる力を示せる構成になっているのではないかな、という話でした。

次の項で最後です!!

 

 

5.「あなめでたや」には昼目歌やカグヅチ神話みたいな元ネタあるの?

【結論】

シーンの元ネタとしては古語拾遺』の天岩戸神話、「めでたや」の元ネタに狂言『三番叟』があるのではないかと思いました。狂言は小狐幻影抄からの発想です。

 

先に言ってしまうと、なにしろ「あなめでたや」のたった六文字なので(笑)

べつに深い意味なく、超めでたいねー!って書いただけでしょ、と言ってしまえばそれまでの話ではあるんです。ただ、上記二点絡めると、”偶然だったらそれはそれで凄くないか!?”っていう符号が連発で発生してまして…。

創作意図の読解考察というよりは、肩の力抜いて豆知識的に「やべーな!!?」って楽しむ形で読んで頂けたら幸いです。

 

 

古語拾遺

古代豪族・忌部氏の編纂した史書です。忌部氏物部氏と同じく、古代朝廷祭祀に携わった氏族でした。

なんでこの書に絞って言及したかというと、天岩戸が開き天照大神が戻った折、神様たちが「やったー!!」って歌って踊る場面が入るからです。(古事記日本書紀には無い)

その時の描写というのが…

此の時に当りて、上天(あめ)初めて晴れ、諸神(もろかむだち)ともに相見て、面皆(おもみな)明白(しろ)かり、手を伸して歌ひ舞ひき。相与に曰さく、天晴れ、あなおもしろ、あなたのし、あなさやけ、おけ。
古語拾遺』(西角井正慶『祭祀概論』p.139)

 

そのまんまだ!!!!!笑

作り手の方々が意図的にオマージュしたのか、偶然なのかは分かりません。

(個人的には、祭とはなんぞやに『鎮魂祭(たまふり)』、歌とはなんぞやに『古今集仮名序』、神呼びに『天岩戸&昼目歌』持ってくるカンパニーならほぼ確実に通ってると思う資料ではありますが…)

ただどちらにせよ、「手を差し伸べ、微笑み合いながらあっぱれ!って歌って踊る男士達」は、まさに神話の一場面と同じことしてるんですよね。

 

感想文でも少し書きましたが、あの場面が千と千尋だ!大神(ゲーム)だ!って言われてるのも、日本文化を大切にする作品に描かれた”神々の喜び舞い”のイメージがある程度共通するからなのかもしれないですね。

そんなことを考えながら見ると「うた」や「あなた」ということばに合わせて、桑名くん・松井くんや観客に、順番に・一斉に手を差し伸べる男士達がほんとに素敵で…。あの場面今でも涙出そうになります*´`

 

後から見て思ったんですが、『神遊び』『君待ちの唄』の振る・広げる仕草と『あなめでたや』の差し伸べる仕草、腕の使い方の違いも興味深いですね。 

ちなみに岩隠れ中の天照大神が岩戸を少し開けるきっかけにはいくつかパターンがあるんですが

「私の岩隠れで世界は暗くなってしまったはずなのに、どうしてアメノウズメは舞い楽(あそ)び、八百万の神は咲(わら)っているのか?」(古事記*31

「このごろ多くの人が称辞を奏上したけれど、これほどすばらしいものは無かった」(日本書紀*32

舞い踊り・笑い声・神祝ぎなど、芸能の元祖とも言われるものが太陽神を蘇らせる、という展開が複数あるのが面白いですね。桑名くん・松井くんが「歌が…聞こえた。」って呟くのとも少しリンクする感じ。

我々も\Say 押忍!!/したり鯛騒動で爆笑すると元気出るけど、そういう昂揚から生まれるエネルギーって、太古の昔から変わらないのかもしれません。

 

ともあれ閑話休題、『あなめでたや』について考えていた時に、まず思い当たったのがこの『古語拾遺』の文言でした。(2018乱舞祭の感想纏めるときにしぬほど読んだ場面なので…笑)

なので最初は「あな”おもしろ、たのし”」って歌詞じゃないんだなー、まあ歌詞としてちょっと不自然だもんな、みたいに思ったんですよ。

一方で、「あれ、でも”あなめでたや”ってフレーズ何かで聞いた気がするぞ?それも民俗学方向で…」って、記憶にひっかかるものがあったんですね。その正体が……

 

 

三番叟?

これでした!!!

三番叟(さんばそう)とは、能楽『翁』の後半で狂言方が務める演目のこと。

あらすじは”翁”=老人の神が現れて天下泰平・国土安穏を祈って荘厳に舞い、その後”三番叟”が躍動感ある舞いを見せる、というもの。

『翁』『三番叟』ともに演目中で最も格式が高く、神事性が強く、折口先生の言葉を借りれば”能楽の中、最古く、最厳粛なものと思はれる”*33演目です。先生の大変重要な研究テーマでもあります。

 

この演目が『小狐幻影抄』とやべえシンクロをしてる、というのがこの項の趣旨です。

www2.ntj.jac.go.jp

www.tokuro.com

 

丁寧に紐解いていくとここからあと1万字書く羽目になるので、”シンクロ”の内容は、箇条書きで一気に行きますね!!笑

 

『翁』と『三番叟』が”もどき”の関係であると折口信夫は指摘している*34

「もどき」は真似をすること。まず翁が神として来臨し、次にそれをおもしろおかしさを含ませて真似たり、説明するのが三番叟だという話ですね。翁自身も含め、”神を真似るもどきの技"が芸能の源流であり、能楽の原型でもあると、先生は論を立てています。*35

お能から生まれた小狐丸の短編で”自分もどき”が出て来る、この趣向の時点でもーー熱い!!

言われてみれば能はひとりの人間が「翁も 神も 武者も 亡霊も 乙女も 狂女も 鬼も 獣も」演じる=真似ることができる芸術なわけだ。

 

「面を舞台上でかけること」に儀式性がある。

→翁は「白色尉」という白い面、三番叟は「黒色尉」という、対比になるような白黒のオモテをかけて舞います。特筆されるのが、翁も三番叟もこの面を舞台上でかけること。通常は舞台奥の「鏡の間」でかけてから登場します。)

特に三番叟は、まず何もつけてない素顔(直面)でぴょんぴょん飛び跳ねるような仕草を含んだ「揉の段」=”人・精霊の姿”を見せた後に、黒色尉の面をかけてゆっくりと舞う「鈴の段」=”神の姿”に移ります。マレビト項でも書きましたが、仮面をつけた瞬間、神は人に、人は神になる。その変化を、観衆が目の当たりにするんですね。

小狐丸も「ほら、このように…」って私たちの目の前で面をかけてくれるわけですが、そのせいで化生であるもう一振の小狐丸と区別がつかなくなってしまう。入れ替わりトリックの鍵というかたちで”仮面による個の消失”を見せてくれたワザマエ、おみごと!!

 

もどきの性質に「根源は同じであること」が語られている

→これも小狐幻影抄の重要なテーマですね。

「翁」と「三番叟」の間にどれだけ区別がありますか。つまり、白い面と黒い面とを替へると、従つて為事は変つて来ますが、その全体の持つて居る精神には殆違ひはない。結局、「翁」が出て来てした事を三番叟がまう一度現れてその説明をすることになるのだと思ひます。

(「日本芸能の特殊性」『全集 21』p.174,175)

贋と真、夢と現、水月とまことの月。「虚構も事実も表裏一体なのですよ。」

これをテーマにした短編で、自分の”もどき”が現れ動作を真似てくるが、そのうちに相手が自分自身であることを知り、受け入れて、一つに溶け合っていく…って筋は熱すぎる!!

(最初の『狐や踊れ』では仮面丸がワンテンポ遅れて動作を真似るんですけど、ラストの『二つの影』では全く同じ動作を対になって舞うんですよね…)

ちなみに白と黒の仮面の意味として、陰と陽、天と地、昼と夜、山と海、男と女等の相対しながら調和するものが挙げられています。*36

…なんか第一話にも、白黒の石で遊んでる御神刀がいましたよねえ…。囲碁指導の王真有子先生がツイッターで「囲碁の歴史も解説した」って仰ってましたが、陰陽道に準えられる話とかもちょっとはされたんでしょうか。こわ。

 

あの本丸の「翁」は、もともと三日月宗近だった

→真剣乱舞祭2016で、登場の際に「翁」の面をかけてたのが、小狐丸と”表裏一体”の三日月でしたね。

\はっはっは、じじいだからな/ちゃうねん。相方がすごいことになってるからよく見ておじいちゃん。

 

『翁』は能の演目だが、『三番叟』は狂言方が踏む
→こんなところにも””が…。

 

『父尉』『翁』『三番叟』で構成される『式三番』のしめくくりを担う演目である
→古今陣営の”三番目”、そして全体の締めくくりを担う一話でしたね。

 

慶事を祝する演目として正月や流派の初会に行われる祝言・祝舞である
→今までは年末にのみ行われていた真剣乱舞祭でしたが、今回の歌合は年を跨いで新年を迎える公演でした。正月・小狐丸(能)・狂………と並べたときに何か書いてごらんと言われたら、私でもこの演目を題材にすることを考えると思います。

まあこれに紀貫之の和歌×あつパリ事件で生じた二振の小狐丸×虚実の表裏一体を絡めるのとかはぜっっったい思いつかないですけど!!!!!!笑

 

慶祝の一貫として五穀豊穣を祈る詞章があり、穂に見立てた鈴を振る
→言わずもがな、”稲”荷明神の御利益といえば…の五穀豊穣ですね。

地面を踏み起こし、種を撒くような所作だとも言われています。

 

舞い」と「踊り」の緩急のついた演目である
→舞いは横方向・旋回の動き、静的、神の所作。

踊りは縦方向・跳躍の動き、動的、人や精霊の所作。

そして式三番は『翁』(横)→『三番叟・揉の段』(縦)→『三番叟・鈴の段』(横)という変化のある演目です。この流れ、奇しくも

 『狐や踊れ』:二振の小狐丸が旋回するゆるやかな”舞い”の曲

 『狐や踊れ rep.』:テンポの速い曲に合わせて妖たちと軽やかに跳躍する”踊り”の曲

 『二つの影』:再び”舞い”の曲。後半でテンポアップし、盛んな鼓が入る静→動のメリハリがあるところまで「鈴の段」に同じ(ちょうど「静と動 表と裏 わたしとお前 お前とわたし」の歌詞のところですね)

小狐幻影抄の曲の構成も同じなんですよね…。

 

舞いと踊りの違いに関しては『あどうつ聲』や『ハレハレ祭り』の振付けでも反映されてるので振付チームで把握されてるとは思うんですが、ここまで来ると「計算ずくでやってたら怖すぎるから、むしろ偶然であってくれ」の域ですよ。

ちなみに舞いの動作が速くなると「くるふ(狂う)」になるそうです。

 神あそび・神楽なども、古く、をどるくるふとの方に傾いていた。まひの動作のきわめて早いのがくるふである。舞踊の中に、物狂ひが多く主題となっているのは、このくるひを見せるためで、後世の理会から、狂人として乱舞する意をあわせ考えたのである。

折口信夫「国文学の発生(第四稿)」『古代研究Ⅴ』p.235,236) 

 

三番叟の詞章、黒色尉の面をかけての第一声が「アラめでたやな」
→ ハイやっとたどり着きました!!!!これです!!!!!笑

 詞章とは言っても「三番叟」の上演形態は歌舞伎・文楽長唄郷土芸能等々、全国各地で多岐にわたるので、必ずこの文句があるとは限らないんですが。

ともあれ「あなめでたや」でよぎったのが、新たな始まりを言祝ぐ狂言・『三番叟』で、”もうひとりの翁”が述べてくれる祝い言だったという話でした。

 

 

【まとめ】

『あなめでたや』は、天岩戸隠れが明けた神々の喜び舞いと、伝統芸能で謡われてきた新たな始まりの祝い言を連想する、素敵な曲でした!

 

 

 

 おわりに

 サーッとスクロールで全然良いので、ちょっと次の文章読んで頂いていいでしょうか。

ところで刀ミュ2019の『歌合』、和歌好き審神者はもう期待に胸ぱんぱんでくるしくて…_(´-`」∠)_

去年の「あめつちはじめて」「たましずめ」が上代/万葉の世界だったとすれば「歌合」は基本的に平安文学の世界。平成→令和の変化と同時に、モチーフの時代も移り変わるのかな…!?とか

古今集 仮名序』
「力をも入れずしてあめつちを動かし
目に見えぬ鬼神をもあはれと思はせ
男女の仲をもやはらげ
猛きもののふの心をも慰むるは歌なり」

隔たりあるもの達にも響き、動かす歌の力をひいて「男士とは、物語とは、祭とは」に続くテーマに「歌とは」が来たらどうしようとか
歌について拘りありげなこてぎりくんが来てくれたからには、そこにかこつけて色んな話ができそうだよな…とか
第二章の始まった今、改めて『”ミュージカル”刀剣乱舞』である意義に立ち返る機会になったら…堪らないな…とか もう本当色んなことがよぎって きもちがいそがしい

 

折口信夫万葉集研究』
「和歌会は、ほとんど神事であった」

刀ミュスタイルの掘り下げで、「歌と神」やって下さったら嬉しくてしんでしまうな…っていう 願望通り越して欲望です ええ

 

このくだり、もう少し前から抜粋すると

「鎮魂歌は、舞踊を伴う歌詠で、正式には”ふり”(原文傍線/以下同)というべきであるが、宮廷伝来の詞曲には、”うた”と称えている」
「国々の鎮魂歌舞を意味する”くにぶり”の奏上が、同時に服従の誓約式を意味する」
「歌垣と同じ形式が古く行われていたと見えて、歌の唱和があった、これが歌合せを分化していった。歌の本末を、国々から出た采女の類の女官──巫女──と同国出の舎人とがかけ合いするようになって来たものと見るが正しいと思う。(中略)和歌会は、ほとんど神事であった」

とあって、「たまふり・たましずめの歌舞」から「歌合せ」へ、っていう流れが偶然にも出来ちゃってて、この時点でもう ヒャーーーーってなるんですよね…

 

冗談みたいなんですけど、上記全部、まだ年末公演の情報が「今年は『歌合~乱舞狂乱~』だよ!」の六文字だけしか出てない時点のツイートなんですよ!!!!!笑

ほんとにピンポイントで仮名序が取り上げられるなんて思わなかったし、歌合=新刀剣男士を呼び招く神事なんて露ほども思わなかった頃だし、刀ミュスタイルの「歌と神」ど真ん中でやってくれた上に江があんな役担うことになって、まーーー宣言通り嬉しくて死んだんですけど。

 

これ、決して私が鋭いとか賢いとかではなくて。

「このカンパニーの哲学でこの題材を扱うとしたら、大体このへんを研究するのかな」

っていう予測が立つくらい、筋道や文化基盤のしっかりした作品だということだと思うんです。まあ私の手持ちの情報面積が植木鉢くらいだとして、実際の公演は庄内平野くらいの土壌の豊かさでぶちかまされる訳ですけども!!!笑

 参考文献を出そうと思えば、これだけ引用乱舞させられるような逞しい根っこがある。

それでいて形式面で訴えるのは最低限、エンタメとして気負わず楽しめる中に神秘性・禍々しさ・美しさ・畏怖・祝い・喜び、精神性の部分がちゃんと響く作りになっている。

どちらもこの密度で両立しているのって、本当にとんでもないことだと思います。

 

 

そして今回のテーマ『歌』についても、すごく感慨深かったことがひとつ。 

万葉集の語源にはいくつか説がありますが「この歌集が千代、八千代、”万代”に伝わるように」との祝いを込めた名だと言われています。

古今集もまた「昔のことを忘れず、後の世に伝えるために」編まれた書物だと仮名序にあります。

新古今集の俊成は「行く末は 我をもしのぶ 人やあらむ 昔をしのぶ 心ならひに」(私が千載集に編むための古歌を見て昔をしのぶように、いつか私のことをしのぶ人もあるのだろうか)と歌っています。

 「1000年後も 2000年後も そばにいられますように 大切なこの想い きっと届きますように」じゃないですけど、過去の人々にとっても、歌は”過去の想いに触れ、今を未来に繋いでくれるもの”だったんですよね。

2019年の未来でそれをキャッチした作り手の方によって、何万人もの方と一緒に『歌合』をたのしむことができました。それが本当にもう、凄いことだなぁと嬉しくて嬉しくて…。

 

文化や芸能の力を本気で信じて、リスペクトして、深めて、そのこころを現代流に体現しようとして下さっているカンパニーの方々に『ミュージカル刀剣乱舞』を作って貰えること、なんて幸せなんだろうと噛みしめた公演です。

『歌合 ~乱舞狂乱~』、全力の総合芸術を見せて下さってありがとうございました!!

 

歌合、楽しかった!!!!!!!!

 

 

 

 

文責:https://twitter.com/taka_koro

 

【参考文献】

倉野憲司校注 『古事記岩波書店 1963年

坂本太郎家永三郎井上光貞大野晋校注『日本書紀(一)』岩波書店 1994年

伊藤博萬葉集釋注(三)』集英社 2005年

伊藤博萬葉集釋注(四)』集英社 2005年

伊藤博萬葉集釋注(七)』集英社 2005年

片桐洋一『古今和歌集 全評釈(上)』講談社 2019年

 

折口信夫全集刊行会『折口信夫全集 19』中央公論社 1996年

折口信夫全集刊行会『折口信夫全集 21』中央公論社 1996年

折口信夫『古代研究Ⅰ 民俗学篇1』KADOKAWA 1974年

折口信夫『古代研究Ⅱ 民俗学篇2』KADOKAWA 1975年

折口信夫『古代研究Ⅲ 民俗学篇3』KADOKAWA 1975年

折口信夫『古代研究Ⅴ 国文学篇1』KADOKAWA 1977年

折口信夫『古代研究Ⅵ 国文学篇2』KADOKAWA 1977年

折口信夫『日本芸能史六講』講談社 1991年

 

安藤礼二折口信夫講談社 2014年

上野誠折口信夫 魂の古代学』KADOKAWA 2014年

 

西角井正慶『祭祀概論』神社新報社 1957年

松前建『日本の神々』講談社 2016年

中村修也『日本神話を語ろう イザナギイザナミの物語』吉川弘文館 2011年

吉田敦彦 古川のり子『日本の神話伝説』青土社 1996年

中西進古事記をよむ 一』四季社 2007年

中西進『神話力 ──日本神話を創造するもの』桜楓社 1991年

 

渡部泰明『和歌とは何か』岩波書店 2009年

佐々木幸綱『100分de名著 万葉集NHK出版 2014年

斎藤茂吉『万葉秀歌(下)』岩波書店 1938年

上野誠万葉集から古代を読み解く』筑摩書房 2017年

 

諏訪春雄『能・狂言の誕生』笠間書院 2017年

沖本幸子『乱舞の中世 ──白拍子・乱拍子・猿楽』吉川弘文館 2016年

 

「特集:ミュージカル『刀剣乱舞』 ~真剣乱舞祭2018~」『CUT』2018年12月号(No.402)p.84  ロッキング・オン

「特集:ミュージカル『刀剣乱舞』 ~阿津賀志山異聞2018 巴里~ 撮りおろしグラビア&ロングインタビュー」『Stage Stars』2018年8月1日号 p.25 東京ニュース通信社

「ミュージカル『刀剣乱舞』歌合 乱舞狂乱 2019 有澤樟太郎×荒木宏文」『CUT』2019年12月号(No.415) p.25  ロッキング・オン

*1:岩波書店古事記』p.243

*2:岩波書店日本書紀(一)』p.432

*3:日本書紀(一)』p.434,435

*4:古事記』p.243

*5:古事記』p.243

*6:折口信夫 魂の古代学』p.7

*7:折口信夫『古代研究V』p.7

*8:安藤『折口信夫』p.187,188

*9:『古代研究V』p.77,78

*10:『古代研究V』p.37

*11:『日本芸能史六講』p.34

*12:『spoon.2Di Actors vol.9』 「鶴丸国永は歌合を司る判者という立ち位置でしたが、何かが生まれる厳かな瞬間にその真ん中にいるというのは今までにない経験だったので、毎公演、神聖な気持ちで舞台に立っていました」p.20 「左方の講師である今剣と右方の講師である堀川国広が、順に和歌を詠み上げ、物語が紡がれていきました」p.34   

*13:清庭=さにわ=審神者

*14:折口信夫『古代研究Ⅵ』p.152,156

*15:大和政権直属ではなく、地方勢力としての権威を保った半属国的な国々

*16:くにぶりを謡う神事

*17:折口『古代研究Ⅵ』p.185

*18:「外来魂は来触、密着して内在魂となるのであるが、此たまふり儀礼に行はれるまじつくの用に玉は使はれたものである。そして其作用を称して古語ふると言つた」折口信夫「剣と玉」『全集』p.33 玉集め・外来魂・江の刀の召喚を結びつけるって、もはや現代呪術か何かかな…

*19:とくに古今和歌集勅撰和歌集天皇の命令で編まれた歌集。 天皇は日本における祭祀のトップであり、その祭祀の要が四季の暦に応じた祭(四時祭)です。四季の美を祝うことは、天皇の御代を称えることにも繋がります。…字数の関係上、国文科の先生に見られたら後頭部ひっぱたかれそうなくらい大雑把な話だと思ってください!

*20:古今集仮名序でも、成立の敬意として「醍醐天皇の御代が四季を九回繰り返し(=九年経ち)、陛下はさまざまなまつりごとを行っている。その中にあってもいにしえのことを忘れず、今を見つめ、そしてのちの世まで伝えるために、春夏秋冬賀恋雑の歌を撰ばせた(意訳)」旨が語られています。

*21:時代が進むと乱舞(らんぶ/らっぷ)=猿楽・能楽という説明がなされることもありますが、平安末期~鎌倉頃には酒宴等で音楽に合わせて、人々が入り乱れながら即興的に踊ることを指したようです。皇族・殿上人から下級侍や僧侶、身分秩序にとらわれない愛好者のある芸能だったことが特徴的だと沖本先生は述べられています。(沖本幸子『乱舞の中世』)

*22:CUT No.402

*23:Stage Stars vol.3

*24:三百年の子守唄2019 パンフレット

*25:CUT No.415

*26:「短歌形式が普遍化しはじめた始発期の歌は、これは②とかかわってくるわけですが「集団の声」を抱き込んでいた。たとえば村落共同体の全員が一つの歌を共有するケースがそれです。そうした歌には個人の歌には見られない「混沌」がある」佐々木幸綱 『NHK 100分で名著 万葉集』p.6

*27:『万葉秀歌(下)』p.134

*28:上毛野(かみつけぬ) 安蘇の真麻(まそ)むら 掻き抱(むだ)き 寝(ぬ)れど飽かぬを 何(あ)どか吾(あ)がせむ(巻14 3404) 訳:刈った真麻を抱きかかえるように愛しいあの子を掻き抱いて寝ても、全く飽きるということがない。どうしたものかなぁ。 愛しい相手をよいしょ!って抱える麻束に例えるセンス、すごい牧歌感ですよね(笑

*29:高き峰(ね)に 雲の着く如(の)す 我(われ)さへに 君に着きなな 高峰と思(も)ひて(巻14 3514) 訳:高い山に雲が寄り付くように、私もあなたを高峰だと思って着きましょう。 山にかかる雲と、頼もしい恋人に寄り添う様を重ねる感じ、景色の美しさとも相まってとてもキュート

*30:水門(みなと)の 葦の末葉(うらば)を 誰(たれ)か手折りし 我が背子の 振る手を見むと 我が手折りし(巻7 1288) 訳:湊に生えている葦を折ったのは誰? 愛しいあの人の振る手を見たくて、私が折ったの。 五七七五七七の”施頭歌”という形式の歌です。水辺の村のワンシーンが想像できるような掛け合い歌で素敵。

*31:「吾が隠りますによりて、天の原自ら闇く、また葦原中国もみな闇けむと以為(おも)ふを、何由にか天宇受賣は樂をし、また八百萬の神諸咲へる」『古事記』p.41

*32:「頃者、人多に請すと雖も、未だ若此言の麗美しきは有らず」『日本書紀』(一)p.84

*33:折口信夫「日本芸能の特殊性」『全集 21』p.174

*34:三番叟は、おなじ老体を表しているが、黒尉と称(とな)えて黒いおもてを被っている。そうしてかならず、狂言師の役にきまっている。能楽における狂言あるいは「をかし」の役者は、田楽でいえばもどきに相当する者で、「牾き」という名義どおり、して方の動作をまぜかいし、口真似・身ぶりをして、じりじりさせながら、滑稽感を唆るものである。「国文学の発生(第三稿)」『古代研究Ⅴ』p.35

*35:能はわざすなわち、物まねの義で、態の字を宛てていたのの略形である。(中略)わざは神のふりごとであるが、精霊に当たる側のおこな身ぶりを言うことになって来た。それが鎌倉に入ると、まったく能となって、能芸などと言うようになった。能芸とは、物まね舞で、劇的舞踊ということになるのである。(「国文学の発生(第四稿)」『古代研究Ⅴ』p.236)

*36:基本的に白は天、黒は大地を表彰(原文ママ)するとみることができる。さらに、両者が共通性を持つことからも、白と黒の関係は絶対的対立ではなく、他に転化する相互転換の関係でもあることがあきらかである。 諏訪春雄『能・狂言の誕生』p.157